★ロックフェラー
ジョン・Dは後年、家が貧しかったことを強調しているが、彼の妹ルーシーによれば「貧乏だなんてばかげた話」であり、衣食も不自由せず、結構楽しみもあったようです。
父は風のように家を出て、風のように戻ってきたが、そのときには子供に金貨を握らせました。
また、のちに息子がクリーブランドで独立して会社をつくったとき、父は1000ドルを貸しています。
父は旅先では「医学博士」と称し、あやしげな薬をガンに効くといっては農民やインディアンに高く売りつけていたらしいです。
ジョン・Dは父についてはいっさい口をつぐんでいますが、その死は家族にも知らされなかったそうです。